直七法衣店4代目ナオシチです。今日もみんなで袈裟功徳について学んでいきましょう。
3択クイズにチャレンジ!答えは最後に。
クイズ:袈裟を身に着けることの功徳について説かれた、以下の文章に含まれていない内容はどれでしょうか?
- 袈裟は煩悩の毒矢を防ぐ甲冑のようである
- 袈裟は福の収穫をもたらす良田のようである
- 袈裟の着用は修行者の猛烈な努力なしに悟りを開かせる
原文
八つには、身に袈裟を著せば、罪業(ザイゴウ)消除し、十善業道(ゴウドウ)、念々に増長す。
九つには、袈裟は猶良田の如し、よく菩薩の道(ドウ)を増長するが故に。
十には、袈裟は猶甲冑の如し、煩悩の毒箭(ドクセン)、害すること能はざるが故に。
智光当(マサ)に知るべし、是の因縁を以て、三世の諸仏、縁覚声聞、清浄(ショウジョウ)の出家は、身に袈裟を著し、三聖(サンショウ)と同じく解脱の宝牀(ホウショウ)に坐す。
智慧の劔を執り、煩悩の魔を破り、共に一味の諸涅槃界に入る。
現代語訳
八つ目には、身に袈裟を着ければ、悪しき行い(罪業)は除かれて、十の善き行い(十善業道)が、一念一念ごとに増していくのです。
九つ目には、袈裟は多くの収穫を与える良田のようなものです。これを身に着ければ、菩薩の道(六波羅蜜など)をよく増進させるからです。
十つ目には、袈裟は甲冑(よろい)のようなものです。身に着ける人を、煩悩の毒矢で害することはできないからです。
僧の智光よ、知りなさい。袈裟にはこのような優れた因縁があるため、過去・現在・未来の諸仏や、縁覚、声聞といった清浄な出家者たちは、袈裟を身に着けるのです。この功徳によって、三聖(釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩)と同じく解脱の宝座に坐り、智慧の剣を執って煩悩の魔を打ち破り、皆共に平等の涅槃の世界に入ることができるのです。
語句説明
- 袈裟(けさ):仏弟子が身に着ける衣で、解脱服や福田衣などとも称される
- 罪業(ざいごう):過去の悪行や、その報いによって生じる障り
- 十善業道(じゅうぜんごうどう):不殺生、不偸盗など、十種の善行、実践的な修行を指す
- 菩薩の道(どう):布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧の六波羅蜜を実践し、悟りを目指す修行
- 良田(りょうでん):袈裟の功徳を、福徳という収穫を生み出す肥沃な田に例えた表現
- 煩悩の毒箭(どくせん):悟りを妨げる貪りや怒りなどの煩悩を、修行者を害する毒矢に例えた言葉
- 三聖(さんしょう):釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩を指す
- 涅槃界(ねはんかい):煩悩が消滅し、心が安らかになった悟りの境地
詳細な解説:袈裟が体現する「仏道そのもの」の力
この教えは、袈裟(法衣)を身に着けることによって得られる「十勝利」の後半部分にあたります。内面の変革と護身の力、その功徳の極致について詳しく見ていきましょう。
八つ目「罪業消除と善行増長」
袈裟を身に着けるだけで、悪しき行いが除かれていき、十善業道という実践的な善行が瞬間ごとに増していくと説かれています。これは、袈裟が単に身を覆う物理的な布ではなく、仏の教えそのものを体現しているためです。袈裟を身にまとうという「形」が、結果として内面的な「善」を自動的に増進させる力を持ちます。
九つ目「良田の功徳」
袈裟は「良田」に例えられますが、これは福の収穫を得るための基盤であるということを意味します。袈裟を着けた修行者(菩薩)が修行に励むことで、その功徳(福徳)が増長していくのです。これは、袈裟が「仏の浄衣(清浄な衣)」であり、煩悩を永遠に断ち切り、良田となって幸福の収穫をもたらすためであるとされています。
十つ目「金剛の甲冑」
袈裟は「甲冑」に例えられ、煩悩という名の毒矢から身を守ると説かれます。煩悩は貪りや怒り、愚かさといった心の汚れであり、この毒矢から身を守るために、修行者は「智慧の剣」を執り、煩悩の魔を破るのです。袈裟は、その智慧と護りの力を与えてくれるものとして位置づけられています。
袈裟は「成仏」への保証
この経文の結びの段落は、袈裟の功徳がどれほど絶対的で普遍的であるかを強調しています。
袈裟の力は、三世(過去・現在・未来)のすべての仏だけでなく、縁覚や声聞といった清らかな出家者たちも認めてきた「因縁」です。袈裟を身に着けることで、その功徳によって、修行者は釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩の「三聖」と同じように、解脱の宝座に坐ることが保証されます。
これは、この優れた利益が、ただ袈裟の持つ功徳によるものであり、修行者の勇猛精進の力によるものではないと述べられている点からも裏付けられます。袈裟には「不思議な神力(じんりき)」が具わっており、凡夫や賢者・聖人にも計り知ることはできません。
袈裟を身にまとうということは、ただの形式ではなく、まさに「如来の皮肉骨髄を正伝せる」ことであり、仏の心そのものを受け継ぐことに他ならないのです。たとえ戯れに袈裟を着けたとしても、それは必ず仏道を悟る「因縁」となるほど、その功徳は広大です。
最終的に、袈裟の功徳によって、修行者は智慧の剣で煩悩を打ち破り、共に平等の涅槃界(悟りの世界)に入ることが可能となるのです。
問いかけとまとめ
袈裟は、煩悩の矢を防ぎ、善の種を育てる「良田」であり、私たちを悟りへと導く「解脱服」です。
この教えは、袈裟を身に着けるという行為そのものが、私たちの身心の全てを変え、仏の教えに帰依する真実の道へと導くことを示しています。
仏道に志す私たちにとって、袈裟の功徳は単なる理論ではなく、実際に「無上菩提を成就する護身符子(ごしんふし)」となる、最上にして最勝の功徳です。
もしあなたが今、人生の困難や迷いの中にいるならば、袈裟の持つ偉大な功徳を心に念じ、仏道を学ぶという「善根の種」を蒔くことに励んでみてはいかがでしょうか。その一歩が、広大無量の功徳を積み重ねるきっかけとなるはずです。
クイズの答え
C. 黄金の珠玉
解説: 袈裟は「十勝利」と呼ばれる偉大な功徳(罪業消除や良田、甲冑など)を備えていますが、その材料自体は粗布や糞掃衣(捨てられたぼろ布)が最上とされ、金銀や珠玉(宝石)、綾羅錦繍などで作られたものではないとされています。袈裟の尊さは、世間の価値(絹や美服)ではなく、仏法のためにあるという「清浄さ」にあるのです。
