【驚異の仏教法具】わずか「一日一夜」で人生が変わる?袈裟(けさ)に秘められた最上の功徳とは

直七法衣店4代目ナオシチです。今日もみんなで袈裟功徳について学んでいきましょう。
3択クイズにチャレンジ!答えは最後に。

クイズ:仏祖正伝の袈裟の功徳は、身に着けてどれくらいの期間で「最勝最上」になると説かれていますか?

  1. 一生涯
  2. わずか一日一夜
  3. 三年間

原文

「1 ときにひそかに発願(ホツガン)す、「いかにしてかわれ不肖(フショウ)なりといふとも、仏法の嫡嗣(テキシ)となり、正法(ショウボウ)を正伝して、郷土の衆生をあはれむに、仏祖正伝の衣法(エホウ)を見聞(ケンモン)せしめん。」

かのときの発願いまむなしからず、袈裟を受持せる在家(ザイケ)出家の菩薩(ボサツ)おほし、歓喜(カンギ)するところなり。

受持袈裟のともがら、かならず日夜に頂戴(チョウダイ)すべし、殊勝最勝(シュショウサイショウ)の功徳なるべし。

一句一偈(イックイチゲ)の見聞は、若樹若石(ニャクジュニャクセキ)の見聞、あまねく九道(キュウドウ)にかぎらざるべし。袈裟正伝の功徳、わづかに一日一夜なりとも、最勝最上なるべし。」


現代語訳

そして、その時(私/道元禅師は)密かに願いを起こしました。

「私は愚かな人間ではあるが、どうにかして仏法の正統な後継者(嫡嗣)となり、正しい仏法(正法)を伝え、故郷の人々を哀れんで、皆に仏や祖師が正しく伝えてきた袈裟(衣)とその法(衣法)を見聞きさせたい」と。

あの時の願いは、今、無駄になっていません。袈裟を護持する在家や出家の修行者(菩薩)が多くいることは、私の大きな喜びとなっています。

ですから、袈裟を護持する人々は、必ず日夜に袈裟を頭上に捧げて敬いなさい。袈裟を護持することは、きわめて優れた、最上の功徳となるはずです。

たとえほんのわずかな仏の教え(一句一偈)を見聞きするだけでも、それは樹木や石に書き残された教えのように、広く私たちの住む世界(九道)に限らずどこでも起こることです。しかし、袈裟を正しく伝え護持する功徳は、わずかに一日一夜であったとしても、最も優れた最上のものなのです。


語句説明

  • 発願(ホツガン):仏道修行の実現を心に誓い願うこと
  • 嫡嗣(テキシ):正統な後継者
  • 仏祖正伝の衣法(エホウ):仏や祖師から代々正しく伝えられた袈裟とその作法、教え
  • 菩薩(ボサツ):自ら悟りを目指すと同時に、他者を救済しようと修行する者。在家信者も含む
  • 頂戴(チョウダイ):袈裟を頭上に捧げ、敬う作法
  • 若樹若石(ニャクジュニャクセキ):樹木や石に書き残されたわずかな教えのこと。誰でも目にすることができる教え
  • 九道(キュウドウ):生きるものが住む九つの場所。われわれの住む世界全体を指す

詳細な解説:正伝の袈裟が持つ「最勝の力」

袈裟は「仏の皮肉骨髄」そのものである
道元禅師(原文の「われ」と想定される)が故郷の衆生に伝えたかったのは、「仏祖正伝の衣法」でした。これは、単に袈裟という「衣」だけでなく、仏の教え(法)そのものを指します。禅師によれば、袈裟は諸仏が敬い帰依するものであり、仏の身体であり、仏の心なのです。この衣を着用することは、三世の諸仏の皮肉骨髄を正しく伝えることであり、仏法の真髄(正法眼蔵)を正伝することに他なりません。

「一日一夜」でも最上の功徳
袈裟を正しく受持する功徳は、たとえわずか一日一夜であっても「最勝最上」であると強調されています。これは、仏の教えの一部である「一句一偈の見聞」が、広くあまねく世界で起こりうる現象(若樹若石の見聞)と対比されることで、正伝の袈裟がいかに特別な存在であるかが際立ちます。袈裟の授受は、それほどに確かな「成仏」への保証を意味するのです。

過去には、戯れに袈裟を着けた遊女が、その功徳によって後に迦葉仏や釈迦牟尼仏に出会い、六種の神通力を持つ大阿羅漢(だいあらかん)になったという話もあります。まして、清浄な信心をもって袈裟を一生涯護持する功徳は、広大無量であることは言うまでもありません。

袈裟は煩悩を断つ「良田」と「甲冑」
袈裟には、修行者自身の力だけでなく、袈裟自体の不思議な神力が宿っていると説かれています。
例えば、袈裟の功徳は「十勝利(じゅっしょうり)」として説かれますが、その中には、袈裟が修行者の善い行いを育む「良田(りょうでん)」のようであることや、煩悩の毒矢から守る「甲冑(かっちゅう)」のようであることなどが含まれています。

袈裟を身に着ければ、邪心がなくなり、多くの罪が滅して福徳が生じ、さらには悪しき行い(罪業)が取り除かれ、十種の善い行い(十善業道)が増長するとされます。この功徳は、修行者の勇猛な精進の力によるのではなく、ただ袈裟の功徳によるものだと強調されています。

袈裟は、ただ仏道を象徴するシンボルというだけでなく、仏の真実そのものが形として現れたもの(現成)であり、修行者を仏道へと導く羅針盤のような役割を果たすのです。この袈裟を日夜「頂戴」し、敬う行いこそが、私たちが仏道に帰依し、悟りの種を植えるための最善の道なのです。


読者への問いかけやまとめ

袈裟が持つ力は、目に見える衣という「形」を超えて、私たちの心や生き方を変える仏法の「核」であることが分かりました。

私たちは僧侶でなくても、日々の生活の中で「形」を大切にすることで、その功徳に触れることができるのかもしれません。例えば、日常の所作を丁寧に整えること、敬意をもって物や人に対すること、それら一つ一つが、私たちを善き方向へ導く「護身の札」となるのではないでしょうか。

あなたにとって、「仏祖正伝の衣法」のように、大切に守り伝えていきたい「行い」は何でしょうか?


クイズの答え

正解: B. わずか一日一夜

解説:
袈裟を正しく受け継ぎ護持する功徳は、たとえわずか一日一夜という短い期間であっても、他の教えの見聞と比較して最も優れていて(最勝最上)、計り知れないものであると説かれています。これは、袈裟が仏の教えそのもの(仏身、仏心)を象徴しているからです。

この記事を書いた人

直七法衣店 四代目 川勝顕悟


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合掌
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